8月に入ったころからみゅぅは食欲不振となり
いきつけの動物病院さんに見ていただいたのですが
口内炎が酷いための食欲不振では?
とのことで、点滴とステロイド投与で様子を見ていました。
でもなかなか、食欲が戻りませんでした。
正確に言うと、食欲はあっても餌を目の前に出すと
「おえっ」というリアクションとともに遠のいてしまうのです。
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8月7日、精密検査を行って頂いた結果、
腹部と胸部にリンパ腫とおぼしき腫れが認められました。
リンパ腫=癌
猫には専用の癌の薬というものはなく、人間用のものを使うそうなのです。
もちろん治療の方法がある以上はあきらめないよと思ってたのですが
血液検査をすると、なんと、白血球が極端に少なく貧血も酷い状況。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。。。
代われるものであれば、代わってあげたい。
どうして、この子ばかり大変な目に遭うのだろう。
どうして。。。なんで。。。
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8月10日
一日入院させて、抗がん剤治療のあしがかりを作るべく
G-CSFの投与をしていただきました。
動物病院の院長先生には二度に渡って説明の機会を設けて頂き
どのような薬を用いるのか、具体的な治療の方法や、
懸念される副作用などを伺い、みゅぅがどんなに危険な状態かも
教えて頂きました...。
人間に置き換えると、無菌室に入らなければならい状態、
白血球を増大させる薬を使うことで骨髄が枯れていなければ
期待もできると聞いたのですが
結果は、伴いませんでした。
血小板と赤血球には及ばず、白血球だけしか数値があがりません。。。
しかも、どんどん、貧血が進んでいます。
胸部に水が溜まっているらしかったのですが、実際には水ではなく
出血の可能性も高く、もし血液であったなら、それを抜いた上で
再輸血するという方法もあるとも説明を受けましたが、はたして
そこまで「痛い思い」をさせてまで、生かすべきなのかどうか。。。
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8月11日
悩んだ結果、この子の命がつきるまで、点滴だけのゆるやかな
治療で様子を見ながら時を過ごそう、と決心しました。。。
両親は「抗がん剤を」といいましたけど、その処方によって
死んでしまうこともありうるぐらい危険な状態でした。
確実に弱っていました。
少しでもゆっくりと自宅で過ごさせてあげたい・・・
その決心をした翌日の夜。。。容態が急変しました。
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もう歩くこともままならず、呼吸がかなり速くなったとのこと。
アパートに居た私は、とるものもとりあえず、実家に向かいました。
そこには、横たわったみゅぅと添い寝している母親が...。
みゅぅは、目が、見えていないようでした。
2日前の診察で、目にも腫瘍が転移しているらしいことを聞かされ
青い目が赤く変わりはじめていました。衰弱もかなり激しいです。
人の気配だけはかろうじて分かるようで、そばに誰も居なくなると
「あぅ、あぅ、あぅっ、うぅ」と、不安げに鳴き始めます...。
あわてて、私と母とで体をさすったり、声をかけると、安心して
少し寝始めたりもするのですが、やはり相当苦しいのでしょう...
15分もしないうちに声をあげて、鳴き始めます。
どうすることも、できません。。。
覚悟しなきゃならない時がやってきてしまった、
そう、思えば思うほど、どうしても涙が止まりません。
母に促され、実家の家族にみゅぅを託してアパートに戻りましたが
まったく寝付けませんでした。
アパートの窓から明けていく空をじっと見ながら・・・
みゅぅが迷い込んできた日の朝を思い出しました。
5年前も、こんな日だったかもしれない、と。
朝、庭先ぴょんぴょん跳ね回っていた手乗りサイズのみゅぅ。
捕まえようとしたら、愛車のバンパー下にもぐりこんでしまって
なかなか出てきてくれなかった...捕まえた後、なかなか水も
ご飯も食べてくれず、説得に苦労したっけ...。
会社に行く準備をしなきゃと、歯を磨き始めたとき、
実家からメールが来ました。
「8月13日、朝5時50分、みゅぅが亡くなりました」と。
その日、私は出勤でしたが、出社早々に仕事が手につかず
始業前に早退をし、みゅぅを荼毘(だび)にふすために
清掃センターに行ったり(個別火葬をしてくれるのです。)
動物病院さんにご挨拶に伺ったりと、飼い主としての責務を
精一杯、果たしました...。
(当時の職場のみなさんには申し訳ありません・・・)
この日が来ても、悔やんだり泣かないように、考えて考えて
いろいろ決めてきたはずなんですが、いざ本当に迎えると
脱力感と、喪失感とで、気がどうにかなりそうです。
この真夏の暑すぎる日の朝焼けは、一生忘れないと思います。。。
みゅぅ・・・
虹の橋のたもとは、快適ですか?
待っていてね。
必ず、迎えに行くからね。
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